と、タイトルに大々的に書いてみたものの、特に大きな理由があって始めたわけではありません。

ただ、自分の研究や仕事を「発信」するということについて、少し意識的になってみようかなと思ったことが理由のひとつです。


研究者、特にどこかの研究機関や組織に所属している研究者は、自分の研究や考えていることを発信する機会には恵まれていると思います。

論文などを投稿する媒体は学術誌に限らず、所属機関が発行している各種の紀要がありますし、そのほか、広報誌や有志で発行しているニューズレターなどで、研究活動にかかわるような文章を公表する機会が多くあります。

また、最近では所属先のウェブサイトに自分の文章やインタビュー記事が掲載されるようなことも増えてきています。

また、研究成果については国立情報学研究所のCiNiiや所属先のデータベースに記録されて公開されています。

さらに、研究者個人の情報も、科学技術振興機構が運営するResearchmapや所属先のウェブサイトに構築されている研究者データベースから、研究成果とともに発信することができます。


ただ、こうした一見すると「多様な」発信の機会は、いずれも学術研究の世界に閉じたプラットフォームに限られているのではないか?と、最近、感じるようになりました。

一般の人たちはどのような方法で、研究者のことを知るのでしょうか?

研究者のことを知ろうと考えたときに、いきなり論文にアクセスすることは少ないでしょうし、そもそもその研究者が書いた論文にたどり着くことは簡単でしょうか?

どれだけの人たちが、CiNiiやResearchmapのことを知っているでしょうか?

大学の研究者データベースにたどり着くことは簡単でしょうか?そこには充分な情報が提供されているでしょうか?

どれほどの場所に、研究者が書いた論文や各種の文章を掲載している学術誌や媒体が所蔵されているでしょうか?

もちろん、どうしても研究者とコンタクトを取りたいと思う人たちはこうしたハードルも超えて、なんとかコンタクトを取るでしょう。

必要ならば、自分でそうした方法を駆使して連絡を取ればいいじゃないかということになりますが、研究者とのコンタクトにそのようなハードルがあるということは、研究者にとっても多くの人と繋がるための障壁となっているのではないでしょうか。


これまでなら、新聞や商業雑誌、あるいはラジオやテレビといったマスメディアが、研究者と社会の人々をまさに「媒介」する役割を果たしていたのでしょう。

これらのメディアはまだまだそうした役割を果たしていると思いますし、その重要性はいささかも変わっていないと個人的には思いますが、こうしたメディア以外にも、さまざまに研究者と社会の人々をつなぐ場所が生まれてきているだろうと思います。

また、企業活動に基づくこうしたメディアが、経済状況や社会的な資金移動の大きな変化などの影響を受けて、より広く「媒介」としての役割を果たすことが難しい状況が生まれつつあるのでないかということも感じます。

そもそも、こうしたメディアに載ることのない、もしくは載ることのできない研究者も多くいるわけですが、そうした研究者は優勝劣敗の競争原理のもとで、社会の人々との接点を得る必要がない研究者だということになるのでしょうか。


僕はこうしたメディアや学術研究のプラットフォームを否定・批判するつもりはありません。

むしろこうした「媒介」の場所はどんどん広がっていってほしいし、それぞれの役割を果たしていってほしいと思っています。

これまでに蓄積されてきた学術研究の方法を通じて身につけたことは、研究はもとより、研究者として仕事をしていくうえでいろいろと役に立っていますし、既存の枠組みやメディアを通じて公表される文章は、その場に関わる人々の専門職としての仕事によって、なお一定の信頼を寄せるに足るものになっていると思います。

研究者は、そうした場に関わることへの意識を持ち続けることが大切だと思います。


ですが、同時に、ひとりの独立した研究者として生きていくためには、そうした「媒介」を経由するだけではなく、自分から動き、発信するような場所を持つことも、また大切なのではないかと感じるようになりました。

研究者は学会や研究会も含め、さまざまな組織のなかに所属しながら研究成果をまとめていくわけですが、基本的には自分の名前でさまざまなものを社会に提示していきます。

研究成果や公表した文章に対する反応やそこからもたらされるさまざまなものは、ポジティブなものもネガティブなものも含めて、研究者個人の名前のもとにすべて引き受けることになります。

そうであれば、自分の生み出したものをただ単に「媒介」の場所に放り投げておくだけではなくて、自分でまとめておく場所を作ることも大切ではないか。

自分で生み出したものを、きちんと「僕が生み出したものですよ」と自分で提示しておくことが、自分の名前で出したものに対する研究者の姿勢としても必要なことではないか。

そんな思いが頭のなかを去来したことが、研究者としての個人サイトを作った理由のひとつです。

ただ、文系研究者や教育史研究者としてこうしたものを作るということについては、他にも考えることがいろいろとあります。

それについてはまた、記事をあらためて書きたいと思います。