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自由・平等・植民地性
ー台湾における植民地教育制度の形成ー
(山本和行著、台北・台大出版中心、2015年)

台湾の近代的教育制度は、いかなる歴史的条件に規定され、「植民地性」を帯びたものとして形成されるに至ったのか。本書では、台湾が日本の植民地となった1890年代に日本「內地」の教育界で議論されていた、教育の「自由と平等」、「国家と地域」をめぐる議論に注目し、1890年代における「內地」日本と「外地」台湾の双方における教育制度形成の展開過程について検討する。そのうえで、台湾の教育制度がさまざまな時代要因のなかで、結果として「植民地性」を付与されるに至るプロセスを、具体的・実証的な視点から明らかにする。


伊沢修二と台湾
(木下知威編、台北・台大出版中心、2018年)

日清戦争の講和条約を経て、割譲された台湾を治めるべく降り立った人たちのなかに、一人の男性がいた。その名を伊沢修二(いさわ・しゅうじ、1851-1917)という。伊沢は文部省と台湾総督府に勤務することで教育行政に関わり、または国家教育社で教育の啓蒙をおこない、楽石社をひらいて吃音矯正事業を推し進めた。伊沢は、近代日本における国民の言語の成立を検討するさいに欠かすことのできない人物である。伊沢はその重要性から多くの研究がされてきたが、日本と台湾、ひいてはアジアという視点に立脚した総合的な研究はほとんど行われてこなかった。本書はこれらの課題に着目し、二部で構成している。第一部では、伊沢の多面にわたる業績についての諸研究を総合的に検討する。第二部では学問領域を超えて伊沢と日本・台湾をめぐる言語と教育の諸課題を明らかにするべく、吃音矯正、盲唖教育、乃木希典遺髪碑の建立計画、台湾語教育、中国語教育、伊沢沒後の顕彰活動を主題にした五本の論文で構成している。

山本は、第2章「日本における伊沢修二研究の現状」、第8章「「泰東」への関心―伊沢修二の「中国語教育」―」、「結論」を執筆。


近・現代日本教育会史研究
(梶山雅史編、不二出版、2018年)

「教育会」は明治期から戦後初期まで存在した「私立」の組織で、校長をはじめとした学校関係者や地方名望家などから構成されていた。教員研修・教員養成機能並びに教育政策・教育行政への翼賛機能を高度に発揮し、第二の教育行政機構の役割を果たすに至った。同編著者による教育会論文集は『近代日本教育会史研究』『続・近代日本教育会史研究』(共に学術出版会)に続く3冊目となり、本書の大きな特徴は、教育会が解散する戦後期の研究成果を収録した点にある。計13名の研究者による、教育会史研究の最前線を知ることができる重要文献である。(出版元ウェブサイトの紹介文より)

山本は、第13章「台湾教育会の成立と組織の形成」を執筆。


続・近代日本教育会史研究
(梶山雅史編、学術出版会、2010年)

明治10年代に全国各地に登場した教育会は、府県・郡区町村それぞれのレベルにおいて固有の成立経緯・組織形態をもちながら、各地域の教育事業振興に極めて大きな作用を及ぼし、また当時の教育関係者や地域住民の価値観や教育意識形成に深い関わりをもっていた。本書は、日本教育史上、新たな組織として登場した中央・地方教育会の設立から衰退に至る経緯、その実態・機能・歴史的役割に関する包括的な研究を通じて、改めて教育会史像の点検と再構築を提起する!(出版元ウェブサイトの紹介文より)

山本は、第4章「国家教育社の活動とその変遷― 一八九〇年代における中央教育団体の結成と挫折―」を執筆。