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☑️教職の意義と役割における「チーム学校」
ー専門スタッフを学校に配置することの歴史的意味ー
(『天理大学教職教育研究』第2号、2019年12月)

近年の学校運営のなかで重要になってきている「チーム学校運営」について、教員とは異なる専門分野を持ったスタッフの学校への配置という観点から、多様な人々の学校への制度的配置とその期待された役割について検討した。


☑️教員養成で目指される教職の意義と役割
ー天理大学の教員養成を事例としてー
(『天理大学教職教育研究』第1号、2018年12月)

本稿は大学教育における教員養成で目指されるべき教職の意義と役割について明らかにするために、天理大学の教員養成における教職の位置づけを事例に検討する。とりわけ、戦前の天理外国語学校から戦後の新制天理大学における人材養成の方向性について検討することで、戦前から戦後にかけて展開されてきた教員養成教育で目指されてきた教職の意義と役割について明らかにすることを目指す。こうした検討を通じて、一般大学において、「大学における教育研究」と教員養成がどのように有機的につながることができるか、その方向性について考えるための視点をつかむ。


☑️台湾桃園市新屋国民小学所蔵「新屋公学校沿革誌」(一)
(『天理大学学報』第69巻第2号(第247輯)、2018年2月)
☑️台湾桃園市新屋国民小学所蔵「新屋公学校沿革誌」(二)
(『天理大学学報』第70巻第1号(第249輯)、2018年10月)

本稿は、台湾・桃園市の市立新屋国民小学が所蔵する日本統治期関係史料のうち、学校沿革誌について翻刻し、台湾史研究、帝国教育史、および日本植民地教育史の基礎的な史料として共有化を図ることを意図している。とりわけ、植民地期台湾・朝鮮の国民教化装置に関する共同研究において、教育史資料の所在調査と整理を段階的・体系的に進めることを通じて、学校と地域社会との関係性から見えてくる植民地統治のありようを具体的かつ横断的に解明することを目指した。

(一)
(二)

☑️日本占領期香港の教育政策・教育活動に関する資料
ー『香港日報』日本語版1942-1945ー
(天理大学中国文化研究会『中国文化研究』第33号、2017年3月)

日本は1942年12月から1945年8月までの約3年8か月のあいだ、香港に「香港占領地総督部」を開設して香港を占領した。この時期の総督部による教育政策について検討するにあたっては、一次史料となる公文書がほぼ見当たらないという特殊な事情のもと、当時発行されていた新聞・雑誌などの二次史料の活用が重要だと考えられる。本項では、そうした史料のひとつである『香港日報』の日本語版に掲載された教育政策・教育活動に関する記事を目録化し、今後の研究の基礎資料とすることを目指した。


☑️「新化公学校沿革誌」「新化農業補習学校沿革誌」
ー植民地台湾の教育史ー
(『北海道大学大学院教育学研究院紀要』第126号、2016年6月)

北村嘉恵、樋浦郷子との共著。台南県の市立新化国民小学および国立新化高級工業職業学校が所蔵する植民地関係史料の中から学校沿革誌を翻刻し、台湾地域史および帝国日本教育史の基礎史料として集積と共有化を図るものである。


☑️戦中戦後台湾における教育経験
ー宜蘭・李英茂氏への聞き取り記録からー
(『天理大学学報』第67巻第2号(第241輯)、2016年2月)

樋浦郷子、須永哲思との共著。2015年3月20日に台湾・宜蘭市の宜蘭県史館においておこなった李英茂氏へのインタビュー記録をまとめたものである。1929(昭和4)年に生まれた李英茂氏の人生には、日本統治時代に教育を受け、戦後は教師として教壇に立ち、戦前から現在に至るまで、宜蘭という台湾の一地方都市で人生の歩みを進めてきた人物のライフヒストリーが示されている。本稿では、李英茂氏のライフヒストリーを理解するための歴史的背景として、戦前から戦後にかけての台湾における行政制度や教育制度の変遷について概説したうえで、インタビューの記録をまとめた。最後に、インタビューに示された李英茂氏の経験を歴史的な観点からまとめ、インタビューの台湾研究・植民地研究・歴史研究における意味について指摘した。


☑️専門教育と教養教育の接点
ー教育と研究の「レリバンス」に着目してー
(『天理大学総合教育研究センター紀要』第13号、2015年6月)

天理大学人間学部を構成する学科・専攻(宗教学科、臨床心理専攻、生涯教育専攻、社会福祉専攻)に所属する教員による「専門性」に関する論考、および筆者が 2014 年度におこなった人間学部各専攻の教員との「専門性」をめぐる対話を基に、大学教育における「専門教育」と「教養教育」の接点をどのような形で意識化し、「研究」に裏付けられた「教育」をどのように実現していくべきかについて検討することを目的とする。本検討を通じて、「専門性」にかかわる諸論考の視点は、実は「専門」の枠にとらわれることなく、開放的かつ相互作用的な教育・研究のありかたを、具体的に提示するものであることを指摘した。


☑️「専門」と「教養」についての対話のこころみ
(『天理大学生涯教育研究』第19号、2015年3月)

佐々木保孝との共著。上記「専門教育と教養教育の接点」をまとめる前提となった活動についての記録である。本活動は、人間学部に所属する宗教学科、臨床心理専攻、生涯教育専攻、社会福祉専攻の教員が学内の紀要などにかつて執筆した、自らの「専門 Jにかかわる論考を議論のきっ かけとして、論考執筆者と直接、「専門」と「教養」に関する対話をおこなうというものであった。


☑️天理大学設置時期における教職課程の位置づけ
(『天理大学総合教育研究センター紀要』第12号、2014年6月)

天理大学における教員養成史研究のための初歩的考察として、天理大学設置時期における教職課程の位置づけについて検討した。 1949年 2月に設置認可を受けたばかりの天理大学は、公布・施行されてまもない教育職員免許法に基づいた教員養成課程の認可申請を 1950年 9月におこなっている。その後、 1954年には現在とほぼ変わらない種別・科目の教員免許取得が認可されており、この時期を教員養成のはじまりとすれば、天理大学における教員養成は2014年で 60年になる。本稿では、戦後の早い時期における天理大学の教職課程設置の経緯についてまとめ、戦前の天理外国語学校や天理女子専門学校などにおける教員養成の経験、および大学設置に向けた教育理念との関係性から、教職課程の設置が目指されたことを指摘した。


☑️授業におけるタブレットPCの活用
ー教員によるiPad利用の実践と課題ー
(『天理大学総合教育研究センター紀要』第11号、2013年3月)

本報告は「教職に関する科目」の授業において、筆者がiPadを使用しておこなった授業実践をもとに、教育現場におけるタブレット PCの活用をめぐる課題についてまとめた実践報告である。学校教育の ICT化が進むなかで、 2010年代以降、各学校にiPadをはじめとするタブレット PCを配置する動きが活発化しており、大学はもとより、小・中・高においてもタブレット PCを利用した授業をおこなうことが求められる可能性が高くなってきている。授業では、将来教職に就くことを目指す学生に対して、まずは教員としてタブレットPCを活用することが授業にどのような効果をもたらすのか、その可能性と課題について、筆者の実践を通じて考えてもらうことを目指した。本報告は、学生のリアクションペーパーなども踏まえ、教員によるタブレット PCの利用とその課題について明らかにすることを目指した。